オーフリッドとスヴェティ・ナウム

 

プリレプに向かう

 私は、たまたま列車で隣り合わせたマケドニア人の案内で、深夜のホテルにチェック・インすることが出来た。もし彼が英語を話すことが出来なかったら、何語をしゃべるかさえわからないマケドニアで、深夜、しかもコソボからわずか20kmという距離の暗闇に放り出されるところだった。

 翌朝、私は窓の脇の壁にぴったりと張り付き、今となっては笑い話だが、わずかに開けたホテルの部屋のカーテンの透き間から外を眺め、誰かが銃を構えていないかを確認しながら、恐る恐るカーテンを開けた。しかし、スコーピエの朝は、驚くほど静かだった。通勤ラッシュを急ぎ、行き交う車の流れ。スコーピエはマケドニアの首都と言っても、人口50万人程度の小さな街だ。日本で言えば、地方の小都市ぐらいの規模に過ぎない。

 私は、身支度を整えてから、早速スコーピエの彫刻美術学校をフロントで尋ねて探し出し、“シベック”と呼ばれる白い大理石がどこから採れのかを聞いてみることにした。

 尋ねてみると、彫刻美術学校の生徒たちは皆英語を話し、久々に、芸術家(の卵)と話をすることが出来、自分がコソボのすぐ側にいることを忘れさせてくれた。聞くと、“シベック”が取れる町では、真っ白な巨大な壁が、何十階もある巨大なビルのようにそそり立っているという。その町の名はプリレプ。ほぼマケドニアの中央に位置している町で、スコーピエから列車で3時間、バスなら2時間の距離だという。

 しかし彼らは、マケドニアに来たなら、それよりも何よりも、オーフリッドへ行くべきだと、皆が口を揃えて言う。それはどんなところなのかと聞くと、美しい湖があるという。しかし、私はイタリアからギリシャ、そしてマケドニアへと、命からがら白い大理石を求めてやって来たばかりである。とても、のん気に湖でのんびりする気持ちの余裕がなかった。

 列車でプリレプに向かうと、たまたま乗り合わせたマケドニア人の音大の教授が、今日の新聞を読みながら、プリレプの大理石工場でストライキが始まったと私に英語で言った。前任者の工場長がどうやら着服したらしい。私には関係がない・・・。そう思いながら、プリレプに着くと、ストライキは3週間にも及び、私はホテルに缶詰になったのだった・・・。

 ストライキがやっと収束し、新しい工場長が就任して、やっと私は念願の“シベック”へ。“シベック”とは、もともと大理石が採れる山一帯を指した言葉だ。マケドニア語で灰色のことを“シバ”というらしい。“灰色の石”という意味で、“シベック”というそうだ。

 しかし、クオーリー(採石場)に入ってみると、どこもかしこも見渡す限り真っ白で、まるで白い大理石の天国のようだった。もし、イタリアの彫刻家がこの光景を目にしたら、よだれを垂らすか、腰を抜かすかするだろうと思った。

 最後まで避けたかった“最後の選択肢”・・・。しかし、その“選択肢”は、やはり究極的な“最後の”もののように感じられた。「これなら、石の心配をせずに、心ゆくまで彫刻に打ち込める・・・」私はそう思った。

 “シベック”は頑強で、エアホールや亀裂の心配はない。逆に彫りづらいという問題が残るが・・・。

 私は安心感から、例のオーフリッドに行ってもいいかなと感じるようになっていた。ちょうど友人になったマケドニア人の写真家が、家族でオーフリッドの別荘に出掛けるので、一緒に来ないかと誘ってくれた。

 

“陸のエーゲ海”

 湖畔のオーフリッドの町から車で十分ほどのところに彼らの別荘があった。しかし、そこから見た湖の印象は、どこにでもある普通の湖だった。「なんだ、こんなものか・・・」私はそう思いながらも、石探しに一段落した安堵感から、湖のほとりで、沈む夕日を見ながら、これまでの道のりを思い起こしていた。

 しかし翌日、車でさらにオーフリッドの対岸にある、スベティ・ナウムに向かったときに、私は初めて、人々が口を揃えてオーフリッドに行くべきだと言っていた意味が理解できた。青い空、照りつける強い日差し・・・。その中でオーフリッドは、その真の姿を私に見せ付けた。マリンブルーとエメラルドグリーン、同時にこの二つが存在するこの奇跡・・・。私は口を開けたまま、車の中から湖を見下ろしていた。それはまるで、エーゲ海をそのまま陸地に閉じ込めたような美しさだった。

 スベティ・ナウムにたどり着いた時、その感動は頂点に達していた。この湖の東には、山をはさんでもう一つ別な湖がある。この湖ですでに標高700mの高さに位置するらしいが、そのプレスパという名の湖は、さらに100m以上標高が高いらしい。そして、その湖の水が、地下水となって山の下をくぐり抜け、その湧き水が泉となって、このオーフリッドの湖に流れ込んでいるのである。

 その光景はまるで、水道の蛇口を誰かがひねり忘れて、延々と流れ続け、辺り一面に溢れ出した、という感じである。その河口に立ったとき、私は「これだ!私が求め続けてきたものはこれだったんだ・・・」という思いが湧き起こってきた。

 

“青い海”と緑の清流が同時に存在する奇跡

 私は、彫刻を始めてからというもの、いつも近くにある、湧水が流れ出して出来た清流に沿って散歩するのが習慣になっていた。緑の水草の上を、湧水から流れ出した水が、それに覆い被さるように繁茂した木々の影を映し出しながら、どこまでも透明に流れいていく・・・。私は、その流れを見ているだけで、安らぎを覚え、別な世界へと導かれてしまうのであった。

 しかし、何かが足りない・・・。そんな時、私はいつも鎌倉にある由比ガ浜まで、電車で出掛けていった。どこまでも広がる広い海。この広さと青さが私には必要なのだった。しかし、由比ガ浜を散歩していると、今度は深緑に透き通った清流を眺めたくなる・・・。

 私はいつも、言葉にならないもどかしさと苦しさを感じていた。この二つが同時に存在することは、物理的には不可能・・・。清流なら、それはたいてい上流であり、海までは遥かに遠く、逆に海沿いなら、今度は下流となり、すでに清流というには水が透明度を失っている・・・。

 青い海と緑の清流・・・。私は、物理的には不可能でも、それが同時に存在することを求めずにはいられなかった。そして、それは今、私の目の前に広がっていた・・・。

 

続くきを読む(←クリック) 

 

 

   私の大理石“シベック”

オーフリッドの夕日

湧水で出来たスベティ・ナウムの泉

泉から湧水が湖に流れ込む河口

スベティ・ナウムから見たオーフリッドの湖